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2010年5月21日 (金)

不都合な教義に疑問を抱くことが不信仰なのですbyモルモニスト

 モルモン書には多妻結婚を否定する記述があり、教義と誓約には肯定する記述がある。頻繁に突っ込みが入るモルモンのトンデモ教義とトンデモ行為ですが、そこには身勝手なモルモンが言い訳教である証が隠れてます。

現在、モルモン教会は一夫多妻を否定し、それに則った信者教育をしてます。日曜学校や神権会(男性対象日曜学校に相当)では「主は、ダビデやソロモンの多妻結婚を憎まれた」と教えてます。

しかし、信者教育が進むと過去の預言者(大管長)の多妻結婚を正当化する教義を教えますが、モルモン書では否定された多妻結婚を末日の預言者が実行してます。そんなことが出来るのか?許されるのか?。

モルモン教会なら出来るのです。「生ける預言者の言葉は聖典に勝る」のです。これで、信者を納得させるのですが、疑問や反感を抱くのは不信仰とされます。預言者は地上を司る偉大なる存在です。聖典に勝るのですから!

ヒステリックに噛み付いてくるモルモニストもおりますが、通常は相手にしない特殊なクレーマーなので該当する方は反モルモンサイトでも行ってモルモンの真実性を証明してください。電柱を見て「これは、偶像です撤去せよ。指導者が言われたのだ」と言うのとレベルとしては同等です。お偉方が何か言えば電柱でさえ宗教的な意味を持つ偶像になるのです。

電柱によじ登るのは危険ですが、モルモンに関わることも危険です。感電や落下の危険性とモルモンの危険性は≒かモルモン>電柱です。

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