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2010年3月

2010年3月21日 (日)

モルモン教徒の祈り

 天の父なる神様、唯一真の教会に導いてくださり感謝します。虚しい教えを信奉する教会ではなく、口先で神を敬っても心の中では神を敬わない他の人々と違い、真実を知る特権が与えられていることを感謝します。

より多くの人が、真実の教会を受け入れてくれるように祝福してください。この教会以外の人々は、ことごとく迷い出て、迷っているのに真実の教会を受け入れません。

私達に真実を示してくださり感謝します。正しい教会は、この教会だけです。悪魔の大教会に騙されてる人々に、私達を使わして真実の福音が拡がるよう宣教師や兄弟姉妹をも祝福してください。

尊いイエスキリスト様の御名を通してお祈りしますアーメン。

パリサイ人が自分の義を見せびらかすのと大差ありません。彼等はパリサイ人を嫌ってますが、中身は似てます。

モルモン教徒が最重視している偽典モルモン書に、イスラエルにおけるパリサイ人のように書かれている祈りがあります。

ラメアムトムと云う狭く高い祈り専用台で捧げられた、祈りと似たような内容です。

こんな祈りをモルモン教徒は捧げていますが、客観視出来ないのが内部にいるカルト宗教の弊害です。

パリサイ人と同じく、自分を神の御前に正しいとし、他者を見下すのが慣例となっているので、感覚が麻痺してます。

教団を正当化するのに、独自のタルムードが欠かせないのは『人の教えを教義としている教団』だからです。

次回は、トンデモ宗教らしいモルモン教徒の解説的証(創作ですが)を紹介します。

非常識を以て義とする狂信的モルモンなら、あり得る内容です。

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2010年3月20日 (土)

モルモン教徒には突っ込みを!

 無知で有名な日本のモルモン教徒に突っ込みを入れましょう!。自らの無知と非常識さを曝してくれます。

簡単な質問でも答えに窮する熱狂的モルモン教徒が、如何に非常識かよく判ります。

コメント拒否設定にして質問から逃げ回るレベルで、ラビを気取る呆れた輩の集団です。

モルモン教は、白く塗られた墓です。Luciferの代弁者です。

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2010年3月16日 (火)

モルモン教徒の神の託宣を聴きなさい (自称ですが!)

 モルモン教徒には誉れ高き武勇伝ですが、余計なお世話であり迷惑でもあります。狂乱のバプテスマ世代がトンデモ宗教に何故大勢入信したのか?。狡猾なモルモンに騙されたのです。若者は社会経験も浅いので騙しやすいのです。

若く未熟な熱血モルモンが顔中アザだらけです。迷惑なモルモン節が招いた、この醜い顔と同じく思想も醜いモルモン教です。

真夏の観光地にモルモンの若者が終結して合宿が催されましたが、窮屈な律法生活を強いられている哀れな若いモルモン教徒の息抜きでもあります。

表向きはモルモン教の合宿ですが、若者の団体です。敬虔な素振りをしていても、観光とナンパが主目的の普通の若者も大勢います。それが健全で健康な精神を持っている証明でもあります。偽善を義とするモルモンは逆ですが・・・。

早朝から夕方まで、堅苦しいタルムードを刷り込むための講義や、善人ぶった指導者の辻褄合わせ講座に出席し、息が詰まりそうになった若者達にも、束の間の急速と解放が与えられます。

所詮カルト宗教ですから、マインドコントロールが充分利いている若いモルモン教徒は、休憩も解放もタルムードの刷り込みも識別不能で、重症化していない他のモルモン教徒とは少し違う行動をとります。

重傷モルモンは手当たり次第にモルモン節を披露して伝道と称する勧誘活動に位置づけますが、これも迷惑な話です。こんな青二才に目をつけられた観光客も堪りません。

青二才の重傷モルモンが、観光客に近寄り声を掛けます。

「どうしてビールなんて飲むんですか?僕個人が言っているのではありません。神様が飲んではいけないと命じられたんです」

せっかくの休暇が青二才重傷モルモンの一言で台無しです。未成年でもない、飲酒運転をする訳でもないのに、教師が高校生に説教でもするように、上から目線でコンコンとモルモン独自の戒律(知恵の言葉)を説きます。

「何故、君たちはお酒を飲んだり、コーヒーや紅茶やお茶を飲むんですか?身体に悪い刺激物を多量に含んでいて飲めばサタンに入り込まれます」

しらふでも、見ず知らずの青二才の若者に、こんな訳の分からないことを上から目線で説教されたら不愉快極まります。ましてや、休暇を楽しみ観光地にやってきた酔っぱらいが、こんな説教されて有り難く聴くでしょうか。

青二才重傷モルモンに気配りなどあり得ません。熱心な伝道でもなく、制御不能になった高慢な思いと勢いが理性のブレーキを破壊した結果のカルト宗教暴走です。

気分を害された酔っぱらいは、怒ってしまい青二才重傷モルモンに飛びかかってきました。聖書も知らない未熟な青二才重傷モルモンはステパノにでもなったつもりでしょうか。

危険回避もせずアザだらけになりました。喧嘩を売ってからがモルモン流自己義認の始まりで、こんなバカげた行為が称讃される教団もおかしな思想に支配されてます。

モルモン流喧嘩の押し売りをした者が、しない者を見下すので、意図的に揉め事を起こしてでも称讃を得ようとする若者が現れても何ら不思議ではありません。

場所もわきまえず大声で食事の祈りをして注意されたら『正しい行いに対するサタンの妨害』と見なし、正しい信仰を実践したと皆の前でスピーチします。

自分の前でラッパを吹き、公に押しつけがましい善(見せかけ、売名目的)の行為と迷惑でも、モルモン流喧嘩の売りつけも神の託宣なのです。

唯一真とか言ってますが、自称に過ぎません。

教団思想マンセー、マンセーと刷り込まれた若者は加害者でもあり被害者でもあります。恐ろしいのは、カルト宗教と云う魔性の菌やウイルスは増殖し、さらに悪いことに耐性菌や強毒性ウイルスに容易に変化します。

麦は倉に、毒麦は火に投げ込まれる時が来ます。毒麦は毒麦だけで、遙か沖合の離島に群生していればよろしい。

毒麦やパリサイ人のパン種が、キリスト教の真髄と称して多くの人を悔い改めないサウロに仕立て上げるのは止めて欲しい。

未熟な青二才重傷モルモンもラビを気取っているのですから、自分達の言葉を託宣や詔と思い込んでしまう高慢さも教団の性質に起因してます。

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中卒時代はモルモン教会でも沈みます

 中卒のままモルモン教会に通い続けたが、狂乱バプテスマの沈静化が進み高学歴会員が増加した。

モルモンはアメリカ文化の影響があり思ったことをストレートに言う。モルモン指導者の言葉に『可能な限り高度な教育を受けよ』と云うのがあるがこれは正しい。

サディストの多いモルモン社会では、目上の会員や先輩会員の容赦ない突っ込みが来る。

無知な教団と言われるが、20歳前後で中学生に及ばない一般教養と語彙では、論戦が日常的に必要なモルモン社会では隅に追いやられる。

神学は勧めないが、普通の高等教育は重要視している。経済的、社会的成功者が多い教団だが、教育重視の方針は多方面に役立つ。

学歴なんて工夫と努力次第で何とかなる。これも偽りとは言い切れないが、中卒の19歳と普通の偏差値の高卒19歳では雲泥の差を感じた。

会話に加われない中卒3人組は、若者の同士のイベントや会合が苦痛でならなかった。

「○○兄弟、何か意見はありませんか?」尋ねられても中卒3人組には、それまで飛び交っていた言葉も話題「●▽★¥@♭*#@」なので理解不能。

恥をかきたくないので「特に意見はありませんが」こう言って誤魔化すしか術がなかった。

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2010年3月 9日 (火)

中卒時代のモルモン 良き刺激です

 今の若い日本人モルモン教徒に一般教養があるか否かは判らないが、昔のモルモンは中卒時代の延長線を歩もうとする者には易しくない。

狂乱バプテスマが沈静化した直後のモルモンには、高学歴会員が一時的に残った。中卒時代の延長線、俺は中卒だ!知識も教養もないが何が悪い!と自己弁護に徹したい輩には受難時代の幕開けでもあった。

狂乱バプテスマ世代は貧困にあえぐ時代に生まれ育った訳ではない、自分も含め少ない語彙を駆使して高学歴会員に反発していた。

同年代高学歴会員が集まると、会話に付いていけない。あいつら何言っているのか?聞いたこと無い難しい言葉が飛び交う。質問されても自分には「%&$#&*@△☆◆▼△&%◎」と聞かれたも同然だった。

同じ思いをしていた会員が退席した。自分も数分後には退席した。学ぶ気のない粗野な中卒の典型だったが、後日彼と『負け犬同士の傷のなめ合い』をして虚しい自慰行為とした。

読み書き計算が出来なくても、語彙も少なく話題や関心事が狭窄していても困ることも、差を感じることもない環境に逃げていたが気付かなかっただけである。

『学歴差別』は全ての人には通用しないが、20歳代前半での諸能力の差は大きい。

上司が書類をこの類の輩に渡し、処理しておくよう命じられて「読めない、意味が解らない」では済まされない。

当然であるが、報告書など書けない。普及し始めたワープロを使っても変換ミスに気付かない。会話が「●☆▽★○%$□◇★」と聞こえてしまうのだからOA器機も意味をなさない。

付き合いの長い先輩会員に教会や職場での不満を打ち明けたが、賛同してくれた人はゼロだった。

会社と比べれば、モルモンの集会は甘いが、これでは記録係も頼めないし買い物表を渡しても用をなさない。会社でもモルモン内でもパシリ役も出来ない。

モルモンはドレスコードが案外厳しいことで知られているが、中卒止まりでツッパリ高校生にもなれなかった輩は、平服どころか、巷の不良中学生すら見向きもしない服装で教会に出入りした。

優しく諭されても効果なし、気の荒い男性先輩会員に胸ぐら掴まれ脅され、気になる女性会員に避けられ、教養と品格、立ち居振る舞いの大切さに気付くまで10年以上要した。

ここまで粗野な若者は、カルト宗教が用いる見聞の狭窄による囲い込み以前の問題である。

モルモン書や聖書はカナがふってあるが、参考資料は殆どカナをふってない。教義を深く追求しない教団だが、日常会話に事欠くようでは粗野も大きな躓きの麩となる。

麩に躓く知的水準では冷徹なモルモン教徒は牙を剝く。ある意味理想的な競争社会であり、粗野な中卒路線を歩もうとする者には目覚めの機会となり得る。

勧誘活動は減速し、横這いか実働会員減少傾向のモルモンだが、今は粗野な蛮人を再教育する熱気も感じられない。

教育の大切さを今も教えているのか疑わしい。

熱狂的狂信者や盲信者はよく見かけたが、熱血会員など滅多に見かけなくなった。

白い墓は粗野な者にも冷たく上品に対応するが、そんな輩には体育家系熱血漢のように対応するのが普通だった。

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2010年3月 2日 (火)

反戦の歌があるように反モルモンの歌

 ドナドナが反戦歌であるのは有名ですが、反モルモンや反JWと云った反カルト歌があっても良さそうな気がする。

特定の教団を指して作られたのか、キリスト教を名乗るカルト教団への、皮肉と恨みを込めた詩のような文章を覧たことがあった。

ドナドナの子牛は徴兵され戦場に向かう若い兵士、ならばカルト宗教に勧誘される若者もドナドナの子牛と似たようなものである。

戦場は身体を滅ばす力があり、カルト宗教は心と霊を滅ばす力が信者に対してのみある。

肉体を切り裂かれたりしないが、多くの人間関係を切り離される。生命体として存在するが、理性や良心はカルト宗教によって屠られてしまう。

こんな犠牲を払っても信者自身も勧誘された人も贖われない。

あらゆる感覚がカルト宗教団体に改造され、入信したら教団のロボットとなる。屠られる自覚はなく、すり替えられた価値観や神観によって、非常識で反社会的行為を平気で実践出来る、栄光を付与される喜びに感じてしまっている。

肉牛であろうと豚であろうと次々と屠られる叫び声を聞けば怯えてしまう。ドナドナの子牛に譬えられている若い兵士は戦死する悲しみや恐怖を喜んではいない。

カルト宗教は心も理性も良心も破壊して、人間を牛や豚に劣る生きた教団仕様ロボットにして、自覚なき犠牲者を増やし続ける。

信者は加害者であり被害者でもある。部外者や脱会者を一方的に加害者と決めつける現役信者も多い。

感情的になるのだから、価値観や思想は狂っていても、著しく偏った感覚ではあるが機械に等しい人間型Computerにはなっていない。

普通の感覚を失っているからパリサイ人や獣同様、一般信者でさえ自身を選民と定義している。

獣と機械の中間に普通を要求しても、まともな反応などしてくれない。聖なるものも豚に真珠となる。

若者が大勢集まる(大量捕獲が期待できる)学内は危険地帯となる。若者の順応性や精神的柔軟性を逆手にとる勧誘員には魅力的漁場である。

環境の激変に途惑い孤立しやすい春頃は、カルト宗教勧誘員も活発に動き回る。毒麦を蒔きながら学内を徘徊する厄介者です。

所詮素人集団ですが、伝道師でも宣教師でもないタダの勧誘員はガキの使いです。

偽善なカルト宗教を広めてるのは、霊と心を屠られ行く仔牛です。カルト毒に占領併合される前に救出したいものです。

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モルモン教徒の指導者候補?

 無知なカルト宗教である日本のモルモン教徒は思考も教団が司ってしまいます。原理主義の多い日本のモルモンはJWと大差ないくらいイカレタ狂信者も珍しくありません。

所詮カルト宗教教育は非常識でも仲間内では常識として通用します。善良で品行方正を装っても相互監視システムが働かない状況下ではこの世的と蔑視している人達より非常識です。

教団関係者と鉢合わせする可能性がないと判断するやいなやトンデモ宗教信者らしさを発揮します。

真夜中の郊外は目立ちにくく夜間外出を制限する傾向のモルモン教徒は油断してました。

見覚えのある人物がビニール袋を両手に持って、無人と思える寂しい駐車場にある自販機よこのゴミ箱にゴミの入ったビニール袋をポイッと放り込んでその場を立ち去りました。

モルモンの基礎戒律にゴミの捨て方を規制する項目はありませんから、モルモンの尺度では罪にあらずでしょうか?。

モルモン教徒をソープランドで見かけたと言う文章をネット上で見かけるが、モルモンの兄弟姉妹がソープランドで鉢合わせは創作であっても、全くの仮想でもなかった。

窮屈な生活を強いるモルモン教会の教えに100%従おうとすれば、心身に異常を来し入院してもおかしくない。

預言者と称する者が誤った詔を言っても、それは人間的弱さから生じると事前宣言しているのですから、一般の若い兄弟姉妹がソープランドで鉢合わせしても人間的弱さゆえの過ちであると誤魔化せるかも知れません。

教団に知られては不都合ですから、こんな現場を見られても、見た側もやってることは同じです。

「○○兄弟(姉妹)が居酒屋から会社の人達と酔って出てくるのを見ました」と上層部に報告するのは、見た側が誰か見られた人に特定できなければ密偵のように報告します。

酔ったモルモン同士が居酒屋で鉢合わせしたら、互いに秘密事項とする契約を結びます。こうしてモルモンの根拠なき戒律から部分的に解き放たれます。

評判の良い人気者であれば若く未熟なモルモンは、見られていない所で問題行為があろうと祭り上げられます。

神権者を拡大解釈し、現人神やクマリのように現世でも祀られる時代が来ても、トンデモ宗教モルモンならあり得ます。

組織を称えてマンセー、マンセーしている教団です。勧誘活動が衰退気味で困っているようです。

モルモンがキリスト教を名乗ってキリスト教界を誤解釈されるノンクリスチャンにも、モルモンで懲りて誤解釈された人にもモルモンは躓きの石です。

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