トップページ | 2010年1月 »

2009年12月

2009年12月30日 (水)

有害雑誌より危険なカルト宗教の教典と手引き書

 あれもこれもダメ、ダメだらけのカルト宗教は、身勝手な解釈に基づく極めて不健康でサディスティックでありストイックでもある。

データの乏しいエホバの証人は書こうにも他人が調べたデータを基に書くのが限界となるが、モルモン教はクビを突っ込んだ時期がありエホバの証人より透明性も高い。

危険なカルト(セクト)とされるモルモン教には厳しい戒律が存在するが、戒律を守ったが為に命を落としたと聞いたことはない。だだし、基礎戒律を守ろうとすると必ず周囲と摩擦や対立が生じる。

彼等は、神やイエス・キリストと繋がっていれば万事良しと言わんばかりだが、あれほど己を高くして他を見下してなお孤立する理由が解らない自称選民であるが、彼等こそイエスを磔にすると決めた律法学者やパリサイ人である。

人民を惑わせたのも古代に於けるモルモン教徒のような人達であり、福音より律法を愛する民である。厳しい戒律を設け、教団に貢献することで相応しさを身につけ神に近づけると考える。

人間がモルモンに貢献し自信を捧げ、教団に相応しいと認められればモルモン神殿に参入でき、結び固められ、最後まで堪え忍べば救われ神になれる。これがモルモン教徒の最終目標である。

聖書の記述と大いに異なるが、もし夫婦のどちらかが信者でない場合、『夫は妻に清められ、妻は夫に清められ』とあり、むやみに引き離すべきではないとも記されている。モルモン教では、夫が清くなく妻が清ければ、妻が救われた際、その女はイエス・キリストの妻となる。異端の驚愕の教義である。

彼等の教義上の階級によれば、バプテスマのヨハネは地上で見かける勧誘員より権能の小さき者となる。6階級の神権の位があり、執事、教師、祭司、長老、七十人、大祭司とある。執事から祭司までをアロン神権、長老以上をメルキゼデク神権と呼び役割でなく階級が存在する。

バプテスマのヨハネは祭司であると教えられていて、今はメルキゼデク神権を有する古代の12使徒の指示で活動している教えている。ダビデも救いに必用なメルキゼデク神権も受けておらず、神殿に参入もしていない。大罪を犯したダビデは、辛うじて赦されたが、地獄に降って赦されたに過ぎず悔い改めを逃したのではなく、認められなかったと教えている。

救われる条件は上位3階級の神権の位と神殿参入が必須となる。

メルキゼデク神権は、アブラハムが財産の十分の一を捧げたサレム国の王からアブラハムに付与されたと教えているが、そんな記述は聖書にない。

異端はどこまで人の教えを神の教えとして考案し告げ広めるのか?。布教や伝道熱心とは言い難く、彼等の教団が成長できたのは、企業努力と呼んだ方が適している。

宗教団体と言うより、カルト宗教色を伴った企業とも言える。異端のカルト(セクト)をトンデモ宗教と言う人がいるが、教義も解釈もトンデモない。

祟り神でもある彼等の神はキリスト教の神とかけ離れている。教祖である小説家ジョセフ・スミスの著書モルモン書(経)は長い年月を経て加筆修正され歴史文学となったが、小説を基にした宗教は危険性が高くて当然である。

補足説明
神権付与の際は、〇〇神権を付与し、〇〇の職に聖任すると言い表す。付与済みの神権は通常、付与すると言わない。

教義、諸制度、解釈は頻繁に変更される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月28日 (月)

カルト宗教の神様は改訂とお金が必用です。

 カルト宗教の勧誘員が訪ねてくるが、普遍の神が預言者と称する者を通して啓示された預言や教義が頻繁に変わる。エホバの証人もモルモン教も不都合な真実や成就しなかった預言は、巧みな言葉のトリックとマインドコントロールによって信者は疑問すら抱かない。忘れている可能性も高い。

エホバの証人もモルモン教も、人員確保に熱心で戸別訪問しているのをよく見かけるが、多くの時間を無償で教団に捧げる精神はカルト仲間が称讃している。

エホバの証人は信者が大学に入ることを嫌うが、モルモンは反対に教育熱心で教団は大学を運営している。どちらも危険なカルト(セクト)であるが、この点は大きく違う。

エホバの証人もモルモン教も、富裕層の一般会員は少なく、教団に捧げる時間が長く献金も義務づけられているので中間か困窮気味の信者も多い。

私にはモルモン教以上にエホバの証人の方が、秘密のベールに包まれた謎めいた教団に思える。何しろ情報が極端に少なく、エホバの証人愛用の聖書は新世界訳とか云う特殊な聖書で窺い知ることが出来ない。

そのてん、モルモン教は太っ腹でモルモン書を無料でくれるし、聖書は市販の口語訳聖書を使っているので外見上エホバの証人より透明性がある。

エホバの証人やモルモン教の考察を、長年にわたって続けている求道者なのか研究者なのか判りづらい人がいるが、各地のこれらカルト(セクト)の集会に参加し、教団や信者の特徴を詳しく調査分析した文章は参考になる。

エホバの証人の集会場は王国会館と書かれたプレートが目印になる。モルモン教は末日聖徒イエス・キリスト教会と書かれた文字盤が建物の壁に貼ってある。建造物は見事な出来で、これだけの建設費はどうやって調達したのか?。一般会員の献金で建てるとしたら、会員一人あたりの負担額は高額となる。

エホバの証人が勧誘活動で廻ってきた時は、出勤直前や鍋を火にかけている時ばかりで間が悪い、おまけにあの雰囲気では質問する気にもなれない。勝手にエホバの証人側から喋り出した時は悲観論を聞かされた。彼等の聖書は市販のモノと違い聖書の話題も噛み合わない。

モルモン教会で教える側の聖職者は神学を知らない素人であり、素人から手解きされた者も素人の域を出ようとしない。探求するのは自分の信仰を、自ら覆す怖れがある。

揉め事が絶えない要素は素人集団が立派な教団を掲げ、それも『唯一真』と豪語して止まない誤った解釈に基づく選民思想にもある。

エホバの証人もモルモン教も同時期に近い地域で誕生した新興宗教であるが、エホバの証人は研究会から発足し、モルモン教は教祖の言う神とイエス・キリストとまみえたことから始まる。

この2大カルトは教義の改訂をしなければ組織維持に支障を来すので、教義に変更が生じても信者が去らないように、予め不都合な過去の預言を信者が忘れるように仕組まれている。

現代の預言は過去の預言より優先される天のお告げでなければならない。過去の預言が的外れでも神やイエス・キリストの代理人が誤った預言をしたとなるが、代理人が誤って伝えたのか、神やイエス・キリストが誤ったのか争論になりかねない。天が過ちを犯すことが無く、自らが完全なる預言の賜を有する教団なら訂正も改訂も不要なはずである。

預言は完全なはずであるが、次の預言を優先させるなど内容が混乱して、教団内の信者も混乱しないのか?。混乱するようではカルト宗教の信者は続けられない。

エホバの証人やモルモン教の神様は人間との取引を好まれるが、神は人間に養ってもらう必用があるのか?。彼等の考えを表現すれば養われなくても存在できるが、意に適わなければ災いを下す祟り神であり原始宗教みたいで、とても慈愛に満ちた崇高な神ではない。

富を求めて経済的、物質的成功者が統治者となり恐怖政治で国を治め、そのまま神格化した金品を要求するのが彼等の神様である。その僕でもある教団幹部も指導者層も、同じ思想に染まってしまう。染まらなければ居心地が悪く感じられ去らなければならないが、カルト宗教にドップリ漬かった古い漬け物をまともな人間として誰が受け容れよう?。

考え方を変えるなど恐ろしくて出来ない、祟り神に逆らうなど永遠の滅亡と同義の滅びの子に等しい大罪である。彼等の経典には書いて無くとも、信者の多くがそう解釈している。そこまで染まる前に去ってしまう者も多いが、入信する者の数が多いので数値上は横ばいか上向きに見える。

人員の代謝も激しく、金銭の代謝も激しい巨大企業のようなカルト教団は、神とする存在を誤解釈して広めることで肥えるが、訂正、改訂、金銭が必用です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月25日 (金)

の知っているクリスチャン

 私の身近なクリスチャンは討論や議論に長けたインテリ風が多く、私生活も厳しい戒律に基づいた極めて閉鎖的で精神疾患を患っても疑問の余地がない厳格さが特徴だった。

閉鎖的で厳格なストイックな教理教条主義の彼等も、条件を満たせば規制からある程度は離れられる。

エホバの証人やモルモン教徒も、嗜好品や飲食物まで厳しい戒律が定められており交友関係も自ずと限定的となる。職業選択の自由も憲法で保障されているのが常識だが、彼等には独自の見解と神が定めたと称する、戒律に付随する規定が暗黙の了解を基に作られ縛られている。

元勧誘員が話してくれた伝道(勧誘)活動からは異端特有の、しつこい勧誘と伝道を区別できない教団による教育の弊害が随所に表れている。

エホバの証人やモルモン教の勧誘員が他の教団員と知り合い自分達だけが正しいと立証し相手に納得してもらおうとしたが、その手法は非常識で迷惑でもある。しかし、彼等は『栄えある神の大事業の担い手』との自負心からの行為であり罪悪感の欠片もない。

エホバの証人やモルモン教徒も社会と物理的に断絶された生活はしていないが、深い交流や交友関係は築くのが難しくなる。教理教条主義の彼等も理解者や友を欲する本能は失っていない。失わせてはならない本能的欲求を伝道と称する勧誘活動に傾ければ会員数を増やすのに好都合となる。

元勧誘員と個人的に親しくなった会社員で他教団所属のA氏を元勧誘員は自分の所属する教団のメンバーにしたくなった。A氏と元勧誘員が親しい友人として長く関係を維持するには、A氏にも元勧誘員側の思想信条を同じくしなければならない。

個人的に親しくなった元勧誘員とA氏は休みの日など行動を共にする機会が増えたが、これも勧誘のチャンスと捉えA氏が自販機で煙草やビールを買った際に煙草やビールを取り上げゴミ箱に放り込んだ。当然、こんなことをされれば口論になるが、元勧誘員は善意のつもりでA氏に自分の所属教団が絶対的に正しく他は全て誤っていると、この口論を突破口にして解説を始める。

元勧誘員は煙草やビールは身体に悪い嗜好品であり禁じられて当然の毒物であり、それらを禁じようともしないA氏が所属している教団は誤っているのだと、自分の所属している教団の正しさを立証し、相手を説き伏せ自分の所属している教団に入信するよう勧めた。

A氏と元勧誘員の間に徐々に溝が出来たが、元勧誘員はA氏を友人として捉えられなくなっていたが、本人は気付かないまま純粋に迷惑な伝道と称する勧誘活動をA氏に続けた。結局、A氏は元勧誘員の期待に反して彼に心を閉ざし、勧誘活動や元勧誘員の教団行事と無関係な事柄であろうと、一再の関わりを断ち切られる結果となった。

もしA氏が自販機でビールを買い、その場で飲んで車の運転でもしようとしたら止めて当然であるが、法に触れていない、病的状況にもなっていないA氏にとって元勧誘員は理解しがたい迷惑な存在だったであろうと推測できる。

A氏に限らず、元勧誘員は多くの友人を勧誘しようとして疎遠になったり、絶縁状態になったりした。職を何度も失い困窮してもなお『栄えある神の大事業の担い手』として経済的困窮や社会的制裁も、神からの褒美として感謝と喜びをもって受け容れていた。

元勧誘員に後悔の念が無いまま次の世代に語り継がれれば、非常識で迷惑な伝道と称する勧誘活動を継承し、被害が拡大する。

誇らしげに自分を語るなら価値観や教義を同じくする仲間内でのみ誉れを得るだけで、神やイエス・キリストやエホバを証してはいない。自分が人からの誉れが欲しいだけに見えてしまう。

エホバの証人やモルモン教徒は今でもこんな伝道と称する勧誘活動をしているのか?。最近は、近隣在住のエホバの証人やモルモン教徒からここまで酷い伝道と称する勧誘活動をしたとは聞いたことがない。

小さな揉め事は後を絶たないが、マスコミを通して広く知られ自粛や反省でもしたのか?。

エホバの証人、モルモン教会、上層部は富裕な人が多い。近隣在住のエホバの証人やモルモン教徒は富裕層でもなく平均的な生活水準である。家庭内は知らないので、そう見せかけているのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月24日 (木)

異端優勢?現代はキリスト教屋さんが主流?

 初期のキリスト教の使徒であるパウロ(サウロ)は、キリスト教に独自の解釈を加え人を集めることを良しとしなかった。

今でも独自の解釈や聖典を聖書に付け足して、キリスト教を名乗っている教団や教会が存在するが、危険な原理主義に傾倒しすぎて問題を起こしている。

日本ではエホバの証人、統一心霊協会、モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)が有名である。

エホバの証人やモルモン教徒の勧誘員は識別しやすいが、統一心霊協会は教団名を明かさず宗教勧誘と云うより悪質な霊感商法で問題となった。

他方、エホバの証人やモルモン教の勧誘員はボランティアで伝道していると明言するので判りやすい。身近にエホバの証人の信者がいないので、どんな教団でどんな教義を持っているのか詳細は知らない。集会に参加した人によると、全員が学級委員や生徒会長のような、行儀正しく堅苦しいほど真面目に見えたそうである。

モルモン教徒も酷似した感じがして、教理教条主義に変わりはなく、私生活まで細かい規定があり、全うできなければ信者は罪悪感に苛まれる。

イエスの公生活は3年前後だが、バプテスマのヨハネも同じ頃に活躍していたが、バプテスマのヨハネやイエスを蔑む人が少なくなかった。

イエスもバプテスマのヨハネも富裕者でなく、高価な衣服をまとってはいなかった。バプテスマのヨハネを『野生の男』と呼び、イエスを『大酒飲みの大食漢で罪人の仲間』と呼んでいた。

イエスは弟子達に言っている。

「栄華を極めたソロモンでさえこの花ほども着飾ってはいなかった(後略)」

礼拝に与かる際、高価とまでいかなくとも、淫らな服装や不衛生だったり気象条件に合わない不健康な服装でなければ、通常の礼拝なら一般信者は差し支えないと思われる。

礼拝に限らず、教団(教会)が関連する行事や活動となると常時正装をする教団(教会)があるが、前述の明言する2教団が該当する。部外者はこれを見て悪いイメージをすぐには抱かない。

礼儀正しく律儀ではあるが、聖書に記されていない多くの戒律が存在し、規制対象外であるはずの、彼等独自の経典にも記されていないことまで規制されている。

エホバの証人やモルモン教が危険なカルト(セクト)か否かは状況にもよるが、輸血禁止で命を落とすのは行き過ぎた解釈と思える。

モルモン教も聖書の基本戒律以外の戒律を定めているが、おもに喫煙、アルコール、カフェイン、十分の一献金がある。マラキ書を引用して信者に献金を要求するが、詳しい使途を一般会員は知らない。

異端と呼ばれるこれらの教団(教会)が原典にない独自の要素を付け加え、なおかつ他の教団(教会)は誤っていると主張する。

信者は盲目的に上層部の発言を信じており、それが終戦直前の大本営と同じくらいの信憑性であろうと、彼等には神やイエス・キリストの代理人である偉大なる人物を通して告げられた天のお告げに他ならない。

| | コメント (0)

トップページ | 2010年1月 »